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2025年11月15日
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日本語は便利

2012年11月11日

試験やら何やらでなかなか時間が取れない今日この頃。
その上なかなか文章を書こうという意欲が湧いてこないのがどうにも。

元々自分は文章を書くのが好きな人間で、長いこと書いていないと何かしら
書きたくなってくるのですが、日常の授業でその欲求が満たせられておりますもので。
とは言え、何かしらの形でここでの生活は記録しておかなければと思ってますので、
どうにか週一以上のペースでどうにかしていきたいものです。
そのためにも目の前に大きく立ちはだかる英語の試験という壁をどうにかせねば。


ところで、自分は内モンゴル語を喋れるわけですが、
モンゴル語を学問として勉強したことはほとんどありません。
特にここ8年ほどはモンゴル語を学習するという目的以外でモンゴル語に触れることで
知識を得るということを意識しないまま学んだものはあると思いますが、
勉強しようと思って勉強したことがないので、知識の面では大したことがありません。
そういう意味で、今は蒙古語言文学科に所属して学んでいるわけですが、
今まで感覚で操ってきたものの法則やら規則やらを学ぶことで新しい発見をしつつ、
ある種の確認作業をしているような状態になっています。
これがなかなかに面白いのですが、知識として身に付くには未だ遠く。
そもそも小学校でモンゴル語を学ぶのに音声記号など使いませんでしたので、
日本や他の国で書かれた参考書など読むためにはまずそこから何とかせねばならず、
言語学習者としては超の付く初心者であるという、なかなか難しい状態です。
とは言え、そもそも自分が感覚に頼っているのは確かですが、
モンゴル語自体使う言葉の選択は感覚に依ってる部分が多い言語だと思います。
他の日本人にモンゴル語について聞かれた時、論理的に説明できない時は
思わず「考えるな、感じろ」なんて言ってしまいます。もちろん、全てがそうとは言いませんが、
それで片づけられる部分も少なからずあると思っています。

その点日本語は微に入り細に入り手が行き届いていて、使いやすいなあと、
特に最近はモンゴル語で文章を書くことが多く、細かい違いがなかなか表現し辛いと
感じているので、語尾の変化で感情の表現までカバーしている日本語は便利だなぁと、そんな風に思ってしまいます。単に自分のモンゴル語力が足りないだけかもしれませんが。


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